そのための普遍的な経営の目的関数が「株主価値の最大化」なのである。
第4部で詳しく取り上げるように、株主価値経営はけっして勤労者の犠牲や搾取のもとに、資本家層の富の最大化をめざすものではない。
今日の発達した市場経済においては「国民皆株主」を大前提にしている。
現実にわが国を含むすべての先進国において、株式の大半は一般市民によって直接、間接に保有されている。
株主価値経営がめざすものは、ゼロ・サムのもとで投資家と勤労者が分け前を取り合う仕組みではなく、どの企業にも常に資本コストを上回るリターンを上げるために創意工夫を凝らすことを不断に迫る、プラス・サムの価値創造なのである。
回市場を通じる企業の価値創造プロセス発達した資本主義市場経済においては、経済価値の創出は、主として株式を広く一般市民に公開している大企業によっておこなわれる。
企業は多種多様な製品、商品、サービスを生産し、流通させ、社会に提供することを通じて、多様な価値創造活動をおこなっている。
原材料や部品、機械設備を購入し、労働力を雇用し、付加価値をつけて販売し、あるいは輸出して外貨を稼ぎ、訓練、研修、教育を通じて人材を育成し、研究・開発活動を通じて新技術や新製品を生み出し、負債に金利を払い、政府に税金を納め、そして最後に株主に利益、配当(より本源的にはキャッシュフロー)をもたらす。
企業の所有者である一般の株主は、東京電力にもT自動車にもI堂にも、すべてキャッシュフローという形で、価値を生み出すことを期待するのである。
図14は、こうした株主の立場から、企業を負債資本(D:Debt)と株主資本または自己資本(E:Equity)からなる、資本増殖のためのブラックボックスという形に、抽象化、単純化してとらえている。
この図からは、企業が市場を通じてどのように株主に対して価値を創造し、それを市場がどういう形で評価するかということがわかる。
まず、企業活動のつの重要な側面は、同図の上半分に示されている。
必要な経営資源を市場で購入し(同図@)、それに付加価値をつけ加えて製品、商品、サービスなどを生産し(同図A)、ふたたび市場でそれを販売して(同図B)資本を回収する(同図C)。
この一連の流れが、価値創造のサイクルである。
資本市場では、その過程で企業が資本をどれだけ増殖させたかということを、企業評価の第一義的な基準にするわけである。
このシステムにおいては、市場は既存の商品やサービスよりも「よいものをand/o「安く」提供してくれる人や企業を大歓迎する。
これが重要なゲームのルールの1つである。
市場では参加者の資格や要件を問わず、マーケットに現存するものよりよいもの、あるいは安いものを持ち込んでくれば、消費者全体の効用を高めることに貢献するという意味で大歓迎するのである。
だから、単に平均的な価値創造をおこなうだけでは、競争の激しい発達した市場になればなるほど、あまり価値を認めてくれない。
そこで、ほとんどの企業は、競争相手が市場でお金を出しでもそう簡単には手に入らない、ユニークな差別化要因をつくり出そうとする。
それが同図のA'で示されるサイクルである。
それは画期的な技術や新素材の開発であったり、ユニークな生産システムの考案であったり、あるいは異色の人材を輩出する研修やカルチャーづくりであったりする。
そうした活動を通じて、他社には簡単に真似のできない、独特の要素をつけ加えようとする。
それがいわば個々の企業の経営戦略にほかならない。
そして、これら二通りの活動を統合して「いかにして市場に出回っているものよりよいものをand/o「安く提供できるか」ということにしのぎを削る。
これが市場における企業の競争ゲームのつの側面である。
しかし、ここで重要なことは、よいものを安く」を歓迎するのは市場の競争ゲームのルールの半分にすぎないことである。
というのは、ただ「よいものを安く」というルールだけでは、泥沼の競争に陥りかねないからだ。
慈善事業とか国営企業が市場に参入し、収益を度外視した競争を展開するようなケースも考えられる。
あるいは既存業者が共謀して一時的に採算を度外視した「よいものを安く」戦略を展開し、新規参入を妨害するかもしれない。
そうなれば、潜在的には優れた製品やアイデア、技術を持って市場に貢献しようとする新規参入者がいても、結果的に締め出されてしまうことになる。
さらに既存の大手業者がいわゆる過当競争状態に陥り、いずれもが多大な遊休設備を抱えたまま、全社赤字操業というような資源の浪費を生むことにもなりかねない。
そうなると、ただ「よいものを安く」というだけの競争を追求しでも、必ずしもシステム全体として最適な資源配分が導かれる保証はない。
したがって市場では、もうつの重要な競争のルールを設けている。
図14の下半分が示すもので、いわば資本市場面からの縛りである。
「よいものを安く」という大原則と並んで、預託された資本に対してできるだけ高いリターンを上げる」ことを要求しているのである。
求められるリターンの必要最低水準は資本コストに相当し、それが「よいものを安く」競争を律する、もうIつの条件(ハードル)なのである。
そしてこのリターンが高ければ高いほど、それだけプラスの価値創造をおこなったと評価される。
これら2つの条件を満たしてはじめて、企業が貴重な有限の資源を使って、市場を通じて価値を創造していると認めようというのが、市場のルールなのである。
それを図14でみてみよう。
その時点の市場金利を(i)とすると、負債の提供者は、期初に預けたDを企業が期後には最低でも(・i)XDにして返してくるときにはじめて、経営的に合格と評価してくれる。
リスク資本Eの提供者も同様である。
市場でリスク資本の提供者が平均的に要求する最低のリターンを(「)とすると、少なくとも期初に託したEを期後には(1十「)XEに増やしてはじめて、企業は合格と評価される。
ここで重要なことは、負債資本の場合と異なり、株主の富の最大化こそが企業経営の目的関数であり「は単に企業存続のための最低の条件にすぎないことである。
株主は「を最低のハードルとして、企業経営者にJOE(株主資本利益率)の最大化を要求するのである。
わが国で資本調達というと、まず思い浮かべるのが借り入れ、あるいは負債資本である。
実際、負債あるいは借金をして金利を支払うという行為は、人間の経済的営みと同じくらい長い歴史がある。
紀元前2000年頃に栄えたパピロニア王国のハムラピ大王が制定した、かの「ハムラピ法典』にも、すでに高利貸防止規定が入っていたことが知られている。
古代、中世、近世にいたるまで、主として金貸しゃ商人による小口・流通資本の世界ではあるが、金利という対価(コスト)を払って負債を調達するという行為は、洋の東西を問わず広くおこなわれてきた。
また、市場経済を否定した旧社会主義中央計画経済のもとでも、国立銀行は存在したし、社会主義国の政府がユーロ債市場で国債を発行することも、しばしばおこなわれてきた。
このように負債資本の活用、あるいはそのコストとしての金利という概念は、時代や経済体制を越えるものと考えられる。
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